光軍の戦士のブログ

. 日本オオカミはなぜ絶滅したのか 二

小型で人の目に触れないように細々と生きながらえてきた臆病な


日本狼は、人間などを襲う猛獣ではなかったようである。


ニホンオオカミが家畜を襲うために駆除された結果だと言われていましたが、


主原因は狂犬病やジステンバーなどの伝染病の感染とされています。


明治以降に輸入された飼い犬から伝染したようです。


オオカミは、集団生活をするために伝染病が


広がりやすかったために絶滅したのでしょう

しかしこれも あくまでも仮説であります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


話は変わりますが 美空ひばりさんが お亡くなりになられて


はや20年近くなりましたが その時に追悼番組を


御覧になられた人は多いでしょう。


その時に強く印象に残った内容がありました。


ひばりさんの死に顔がお母さんの喜美枝さんに瓜二つ


になって周囲が驚愕したという事実です。


* 私は以前 柴犬を飼っていました。


名前はラッキ-で家族同然の存在でした。


そのラッキ-も2000年の5月28日のお昼ころに


ガンが原因で死んでしまいました。


私はそのラッキ-の死に顔を見てて 思わず愕然と


してしまいました。


何と オオカミ そのものだったのです。


これが 本当の顔だったんだと驚愕してしまった


という強烈な記憶が今でも残っています。


そう ・・・ 柴犬である ラッキ-の祖先は


間違いなく オオカミ であると確信した瞬間


だったのです。

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. 日本オオカミはなぜ絶滅したのか  一

 日本狼は、縄文時代には生息していたことが確認されているのですが、


約100年前に絶滅した(1905/01に奈良県で捕獲された若い雄狼が最後


の一頭だったと考えられている)とされている日本の固有種です。


大陸の森林狼や灰色狼などのサイズはシェパードなんかを思い浮かべて


もらうとわかりやすいのですがで、中には後足で立ち上がると全長が2mを


越えるサイズのものが確認されているのに対して、日本狼は柴犬から秋田


犬の間くらいのものが主流だったようです。


ちなみに、いわゆる狼男伝説が成立するのは大陸系の大型狼のサイズが


人間の成人男子程度あったからで、日本狼が後足で立ち上がっても ・・・ 


やっぱそのへんの犬と大差ないようです。


近年、DNA分析の精度が向上したこともあって、遺伝子的に近縁が判別


されるようになってきたのですが、犬の先祖と考えられている狼の遺伝子と


犬の遺伝子を比較すると、外観が狼に近いジャーマンシェパードがかなり


遠縁で、柴犬や秋田犬、あるいはチャウチャウの方が近いことがわかっています。


* したがって、チャウチャウと秋田犬が近縁ということにもなります。


歴史的には、”家畜や人を襲ったため有害獣として駆除された”ためという事になっているのですが、では野犬を


根絶するまで駆除することが現在でも不可能であることや、フェラリアなどの感染症が絶滅の原因というのも狸


や狐がこれだけ個体数を維持している現状を考えると無理かなと。


 遠野物語だったかの一節に、明治の終わり頃に、狼たちの群が北へむかって走り去ったといった話があるわけ


ですが、やはり日本狼には謎が多いなと。


. 新しいグルっぽに題目を投稿しました

* 何でも討論会 { 政治・経済・環境問題 } に投稿しました。


スレッドを作成しまして 題目として掲載されています。


題目は ・・・・・・・・・・・・・・・


* アメリカは崩壊するだろうか


読者の皆さんはもう御存知の事と思いますが


私が正月の記事の中で取り上げた例のやつです。


ある人の臨死体験の中からの話に出て来るくだりの件です。


もし御意見のある方は是非 投稿していただきたいと思います。


どんな御意見が出てくるか多少の不安もありますが ・・・


投稿がなかったりしたらちょっと寂しい気もしますが ・・笑。


アクセスは私の参加グルっぽの中にありますので


クリックすればつながります。


* 『 何でも討論会 』 というやつです。


よろしくお願いします。


. 転生と地球の記事の総括

正月早々 臨死体験の話はないだろうと

思ったのですが 記事にしてしまいました。


当初 少しだけ部分的に記事にしようと

思っていたのですが 何と71話にも

なってしまいました。


一日平均 10話の記事になるとは

全く思ってもいませんでした。


途中 霊魂が四国の愛媛のふるさとに

いくところで 長くなってしまいそうなので

書き込みを省略しようと思っていたところ

何と その時に私の記事に対してある人から

コメントが入ったのです。 そのある人というのは

愛媛の方だったのです ・・・恐ろしい。

これは記事にしなさいという 神の啓示かも

しれないと思い 記事にした次第です。


その時点から猛烈に記事の書き込みが

始まったのでした。


私は元々は現実主義者で 神の存在とか

霊魂とかは信じない人間でした。

臨死体験や生まれ変わりにいたってはなおさらです。


その私の心にゆらぎが出てきたのは

まぎれもなく 高木善之さんの体験記でした。


どう考えてもいいかげんな事を話しているとは

到底思えませんでした。


その上 若くして日本に冠たる巨大企業の

社長室長という将来性のある立場まで

捨て去って 地球環境の問題に取り組む

というのは尋常ではありません。

通常絶対考えられない事であるのは誰にでも

理解されることでありましょう。


その事実というものは 高木さんの臨死体験が

本当の出来事であったということを指し示しています。


そして今や日本における最大の環境団体になっています。

国際的にも NGOとして認知されています。


高木さんの講演は3000回を超え講演を聞いた人は

延べ 100万人をゆうに超え 日本人の100人に一人は講演を

聞いた計算になります。


もはや彼の信憑性を論じる段階ではありません。


私自身もこれをきっかけにして環境問題の入り口に

たったのは間違いありません。


私はこれからも このブログを通して地球環境の

問題を記事にしていくつもりでいます。


・・・ 美しい地球を子供たちに ・・・

. 新しいグルっぽに参加しました

新しいグルっぽに参加しました。


** 何でも討論会 ・・・ という名称です。


政治・経済・環境問題・討論 といった内容です。


スレッドをたてる - という項目があり


自由に題目を設定出来ますので面白そうです。


その題目に色んな人からコメントが


入ったり討論が始まるというわけです。


せっかくなので 何か 題目を作成して


問題提起したいところです。


さて ・・・ 何にするかと思案中なのですが


候補はたくさんあり迷っています。


正月からの記事 ・・・ 臨死体験の中で


非対立という キ-ワ-ド が出てきましたが


討論という事になると ヒ-トアップ する


かもしれませんので 非対立と冷静に


いられるか自信はありません・・・笑。


さてさて どうなることやら ・・・・・・・・

. 高木善之の講演会 76

高木善之の講演会

講演会について

『地球村』とは国連などが提唱する「永続可能な社会」という意味ですが、 それを実現する「生き方」という意味も含めています。

ですから、『地球村』は、次のような生き方を意味します。

  1. 事実を知る、できることを始める
  2. 環境にやさしい生き方(ライフスタイル)をする
  3. 基本理念は「非対立」(抗議、要求、戦いをしない)
    事実を伝え、問題解決を提案する
    腹を立てず、悩まず、心おだやかに生きる
  4. 自分の実践を通して、社会を変える人になる
  5. 意識、価値観の転換、ワンネス(すべてがひとつという意識)

まず(1)(2)ができるようになると、だんだんと次の段階に進みます。
自分が幸せになると、人の不幸をほおっておけなくなります。
だから、自分の生き方の変化によって周りが変わり始めます。
経営者は自分の経営によって、政治家は自分の政治によって、ふつうの人は自分のふつうの生活の変化によって。
そういう生き方について知りたい方は、どうぞ『地球村』の講演会、セミナー、ワークショップなどへ、おいでください。

  1. 講演会、セミナーは入門編です。
    初めての方はまず講演会やセミナーから参加してみてください。
  2. ワークショップは、第二の扉です。
    講演会やセミナーに何度か参加し、 さらに知りたい、深めたい方はが対象になります。

近日開催の講演会・セミナー・ワークショップのスケジュールはこちら

ぜひご参加ください。


講演会のお問い合わせ先

お問い合わせ先ネットワーク『地球村』事務局
受付時間
平日10時00分~18時00分
電話06-6311-0309
FAX06-6311-0321

. 『地球村』の理念は「非対立」 75

『地球村』の理念は「非対立」

地球環境の現状は一般に知られているよりはるかに深刻です。


飢餓、貧困、戦争、環境破壊などは、多くの場合、無知、無関心、無責任によって、また現状の大量消費、経済


優先によって引き起こされています。


その解決には、まず多くの人が事実を知ることだと思います。


そして何をすればいいかを理解し実際に行動することです。そしてより多くの人に広く知らせて協力(ネットワーク)することです。


でもそれは従来型の「抗議、要求、戦い、主義主張」では、実現は困難です。 なぜなら、それぞれの利害が対立するから解決できないのです。


そこで、まず働きかける方が、相手の利害を理解し、対立しない姿勢で、つまり「非対立」の姿勢で解決について話し合うことが必要です。


対立とは何か。

対立とは、「自分が正しい!相手が間違っている!」と思う気持ちです。その気持ちがあれば、うまくいきません。


真の問題解決には、「みんなにとって、どうすればいいでしょうか」という気持ちが大切です。


『地球村』の設立者、高木善之さんは、この「非対立」を基本に、講演を始めました。その姿勢が多くの賛同を呼び、行政、企業、市民グループなどあらゆる分野で講演を依頼され、10年余りで日本最大級のネットワークが生まれました。


講演回数は3000回以上、延べ100万人以上の方が聞かれたことになります。

あなたもぜひ一度、お聞きになりませんか?


【本部事務局】 [順路地図 ] [周辺地図 ]
〒530-0027
大阪市北区堂山町1-5 大阪合同ビル301号
JR大阪駅より徒歩15分
ホワイティ梅田「泉の広場」M10番出口を右に上がり200m直進東急インの隣
tel:06-6311-0309 fax:06-6311-0321
homepage:www.chikyumura.org
email:office@chikyumura.org

. 『 地球村 』 74

地球村について

地球村とは

ようこそ、『地球村』へ

『地球村』って

『地球村』とは、国連などが提唱する飢餓、貧困、戦争、環境破壊などのない、「永続可能な社会」(幸せな社会)のことです。

ネットワーク『地球村』とは、『地球村』(幸せな社会)の実現のためのネットワークです。

活動の基本
  1. 事実を知る
  2. できることから実践する
  3. 広く伝えていく(ネットワークする)
基本理念は「非対立」

対立的姿勢ではなく、具体的・現実的な問題解決を提言する。 問題解決に向けて共に考え協力する。

ネットワーク『地球村』
  • 環境と平和のための国際NGO
    (国連ECOSOC特別協議資格NGO)
  • 特定非営利活動法人(会員1万1千700人 2009年1月 現在)
  • 会員はグリーンコンシューマ(環境に関心の高い人々)
    市民(サラリーマン、主婦、学生)だけでなく、政治家、弁護士、医師、教師  などあらゆる職種の人たちがいます。

. 転生と地球 73 高木善之

高木善之(たかぎよしゆき)

「美しい地球を」と呼びかけ、環境や平和、教育や生き方について、広く講演や提言。最近は経営、人材育成に力を入れる。


NPO法人ネットワーク『地球村』代表。

1947年大阪府生まれ。大阪大学卒業。

松下電器に28年在職。


合唱やオーケストラの指揮者、合唱連盟の理事などを歴任。退任して、環境や平和、教育問題、生き方の問題に専念。

著書は『コーチング・ワークショップ』、『選択可能な未来』、『オーケストラ指揮法(新版)』、『非対立の生きかた』『新地球村宣言』など多数


1947年

大阪に生まれる

1970年大阪大学卒業、松下電器入社(1997年退社)


1981年

交通事故に遭い入院、地球環境について考える
退院後、地球環境の問題に取り組む


1991年

ネットワーク『地球村』設立。講演、執筆を始める
1992年リオサミット、1997年COP3などに参加、全国講演を始める


2000年 ・・・・


『地球市民国連』構想を提唱
2000年欧州環境会議、2002年ヨハネスブルグサミットに参加、
現地で講演会やセミナーを開催。全国講演を続ける













講演について「事実を知らせる、問題解決を提言する」という『地球村』の活動の基本です。
これまでの講演会は3300回、少人数のセミナーを合わせると1万回以上、
聴いた方は200万人を超えています。(2006年は、全国で113回の講演)
環境問題、生き方、人間関係に力を入れ、団体、企業、自治体での講演が増えています。
数十名から1000名以上の規模まで、講演テーマは「環境、ロハス」と「コーチング、生き方」が中心です。

. 転生と地球 72 会社をやめる

やがて環境を取るか会社を取るかの選択を迫られた。


音楽をやめるときほど迷わなかった。


「 私は子供たちに地球を残そうと思います。


長い間お世話になりました 」


それでも空になった机や書棚を眺めたとき


「遂に会社を辞めるんだな」 という感慨があった。


以前 「自分が会社を辞めるとしたら 音楽活動に専念


するためだろう」 と考えたことはあったが ・・ まさか


こんな形で会社を辞めるとは夢にも思わなかった。


「 明日から自分のしたい事だけをやればいいんだ 」


という解放感と同時に不安もあった。


「ほんとにこれでいいんだろうか」


「音楽を止め 会社を辞め 次は一体何をやめるんだろうか」


生きることをやめる=死  いつかそれも避けられないだろう。


あの記憶 ・・・・・・


自分の寿命を考えるともう あまり時間が残っていない。


いずれにせよ もう後には戻れない。


間に合うかどうかわからないが最善を尽くしたい。



美しい地球を子供たちに

. 転生と地球 71 音楽をやめる

仕事 音楽=指揮 との両立を続けていたが


次第に難しくなってきた。


悩んだ末に自分の天職だと思っていた 音楽=指揮


をやめることにした。


最後のコンサ-トのアンコ-ルの時あいさつをした。


「このコンサ-トを最後に私 音楽活動を終わります」


みんなの反応は冗談でしょうといった感じだった。


「これからは地球環境の保全活動に全力で取り組みます。


いつかどこかでお会いできるかもしれません。


もし地球が大丈夫になれば カムバックし ・・・・


ベ-ト-ベンの 『 歓喜の歌 』 を


もし地球がダメになれば 最後にチャイコフスキ-の


『 悲愴 』  ベ-ト-ベンの 『 運命 』 を


演奏させていただきたいと思います」


みんな真剣になり アンコ-ルのシベリウス作曲


「フィンランディア」 は演奏者もお客様も


私も涙の演奏だった。


・・・・ 会社をやめる へと続く



. 転生と地球 70 講演活動

ここから講演活動が始まった。


最初は 規模は10人・20人くらいから


無料で交通費などの経費も自分で負担していた。


当時 講演資料として作ったのが現在の


ブックレット 『 美しい地球を子供たちに 』 で


毎回 コピ-を20部くらい持参してカンパしてもらった。


少しずつ講演が広がり賛同する仲間が増えた。


当初は 「会費なし 会則なし」 であった。


講演回数も増え 講演規模も大きくなっていった。


・・・・ 音楽をやめる へと続く

. 盲導犬

もし今現在 私が急に目が見えなくなってしまったら


正直 絶望的な気持ちに陥るのではないだろうか。


実際 何も出来なくなってしまうだろう。


今の日本の社会というものは そのような人間に


とっては絶望的で過酷な社会に思える。


多くの目の御不自由な方々に対しましては


本当にお気の毒で仕方ありません。


家族の支えの中で生きていける人はまだ


幸せなのかもしれませんが しかしそれにしたって


24時間 面倒を見てもらえる分けではありませんし


現実問題としても無理に思えます。


* そういった現状の中で 盲導犬という存在は極めて


重要な役割を果たしているようです。


御主人が寝ている時まで含めて ほとんど つきっきりで


介護しているのと何ら変わりません。


外出時においても 本人の命と安全を常にサポ-ト


しているのを見るにつけ 感動さえしてしまいます。


これを人間にやれといっても絶対無理なのです。


外出時なんかで道路を歩行している時など野良犬に


吠えられたり噛みつかれても 御主人をサポ-トする


という姿勢をくずすことは決してありません。


訓練されたからといった理由だけでは説明出来ません。


どうやら 相手が目が見えないということを理解している


ようですし 自分が必要とされていることを十分


認識しているようであります。


そのことが 御主人のために つくすという行動に


つながっているとしか思えません。


たった僅かな最低限の食事のみで ここまで働いて


くれるのは 地球上で 犬しかいないのではないでしょうか。


もちろん人間には不可能なことです。


私は そこに損得を超えた 慈愛というものを感じるのです。


犬とは かつて狼の仲間で当然 肉食でした。


しかし 数千年という長い年月の流れの中で


人間と友好関係を築いてきた歴史というものは


犬のDNAの奥深いところに しっかりと刻まれて


いるのは間違いありません。


そして その延長戦上に 究極的な形で


盲導犬の存在があるように思えます。


そして この存在は慈愛に溢れています。


肉食動物といえども 崇高な存在に変わり得るという


ことが まさに証明された事実と言えましょう。


しかし 一方の人間はどうなのでしょう。


このような崇高な存在に変われるのでしょうか。


いくら知能が高くて より沢山の知識を集積しても


その根底に 慈愛 がなければ ・・・・


ろくなものにはならないという事実は歴史が


証明しています。


せいぜい 核ミサイルをせっせと作るくらいのものでしょう。


・・・・・・・・・・・・・・・


盲導犬と御主人にも いつか別れがきてしまいます。


御主人には身を切られるような辛さでありましょう。


盲導犬にはものすごい疲労が重なると聞いています。


なので実働年数もそんなには長くはないそうであります。


私には盲導犬の存在が 将来の人間のあるべき姿


目指すべき栄光への道につながっているように


思えて仕方ありません。


たくさんの盲導犬に心からの感謝を ・・・・


ア リ ガ ト ウ

. 転生と地球 69 特定フロンの全廃

一ヵ月後 ・・・・・・・・・・・・


「 日本最大手の電子企業 松下電器が ・・・


特定フロンを全廃 」


「 5年前倒し 1995年までに 」


という新聞記事が全紙に載った。


1989年7月20日のことだった。


他社からクレ-ムがあった。


モントリオ-ル議定書に日本がサインしていない


段階で業界最大手のわが社が単独で


フロン全廃を発表するのは極めて異例


極めて迷惑なことだった。


ところがしばらくして他社も続々 同様の方針を


打ち出してきたのだった。 翌 1990年


日本はモントリオ-ル議定書にサインした。


* このことは米国の地球環境の書にも記述されている。

「日本はフロンの段階的廃止よりもリサイクルを主張。

その理由はフロンを大量に使用する半導体企業が

廃止に反対していたからである。

日本最大手の電子企業 松下電気が フロンを

全廃すると述べて初めて日本は段階的廃止に合意した」

ガレスポ-タ-著 『地球環境政治』


・・・・ 講演活動 へと続く

. 転生と地球 68 経営とは何か

人にも聞いた。 本も調べた。


しかしピッタリくる答えは見つからなかった。


そしてやっと仏教辞典で次の説明を見つけたのだ。


゛ 「 経営 」 の 「 経 」 は 「 真理 」 を表し


「 営 」 は 「 一生 」 を表す。


「 経営 」 とは 「 一生をかけて真理を求める 」 の意 ゛


この言葉に感銘を受けた。


そして再び社長室に出かけて行った。


・・・・・・・・・・ 「 どうした 」


「 経営という観点で考えてまいりました 」


「 話してみなさい 」


そのことを説明した。


「・・・経営とはそんな凄い言葉なのか ・・・・


どうすればいいんだ 」


「 わが社として何ができるか 社長と一生かけて


考えてまいりたいと思います 」


「 そんなことしてたら間に合わんじゃないか 」


「 間に合わないと思います 」


「 それじゃダメじゃないか 」


「 社長の指示通り 経営という観点で考えました 」


「 ・・・・・・・・・ 」  社長は無言。


しばらくして 社長は次のように言われた。


「 わかった やろうじゃないか 」


・・・ 特定フロンの全廃 へと続く

. 転生と地球 67 経営

「 私は経営者だから いい悪いだけでは考えられない。


経営の観点で考えんといかん 君も経営の観点で


考えてみてくれ 」


もう一息のところで難しい問題。


一瞬 どう答えればいいか分からなかった。


非対立で。


同じことを繰り返したり強引に説得すれば失敗する。


チャンスは一度 失敗すれば取り返しがつかない。


非対立は 無理しないということも大切。


「 しばらく時間をください 」


気がつけば一時間が経っていた。


社長の時間を大きな事業の話以外で一時間取るのは


異例のことだった。


社長室を出て図書室に行った。


゛ 経営とは何か 経営という観点で考えるとどうなるか ゛


・・・・ 経営とは何か へと続く

. 転生と地球 66 100億円

「 しかし100億円はもったいないわ 」


・・・・・・・・・・・・


もしここで 「100億円くらいなんですか 」


と言えば 私がクビ。 非対立で。


相手の気持ちを受け止めること。


「 お金は使わないとオゾンは無くなります。


でも お金は使っても無くなりません 」


「 えっ 金は使えば無くなるやないか 」


もしここで説明すれば気づくチャンスが無くなる。


私は黙っていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・


黙っていると考えることが出来る。


考えることを邪魔しないことだ。


「 なるほど 金は無くならんな ・・・・・


金は天下の回りものだからな 」


ハ-ドルをもう一つ越えた。 もう一息。


・・・・ 経営 へと続く


. 転生と地球 65 最初のチャンス ②

「 合唱団のことではないのか ・・・・


・・・ それなら担当役員に話しなさい 」


「 わが社にとって重要な問題です。・・・


ぜひお知らせしたいのです 」


「 じゃあ 聞こうか 」


オゾン層破壊について話した。


これが私の最初の講演だった。


社長は非常にショックを受けられた。


「 まさか それは本当か 」


「 これは国連や各国政府などの公式デ-タです 」


「 なぜ日本はサインしなかったんだ 」


「 わかりません。でも100億円で社内のフロンは全廃出来ます 」


「 うちがやればよそが怒りよる 」


もしここで 「 よそが怒ろうと うちはやるべきです 」


と言えば私はクビだろう。 非対立で ・・・ 。


主義主張や説得はマイナスになる。


気づくチャンスを作ること。


「 うちがやらなければ どうなるでしょう 」


「 うちがやらんと よそもやらんだろうな 」


ハ-ドルを一つ越えた。


・・・・ 100億円 へと続く

. 転生と地球 64 最初のチャンス ①

1989年 ・・・・


モントリオ-ル会議で 「2000年 特定フロン全廃」


を決議したが 日本だけがサインをしなかった。


゛ これだ 今がチャンスだ ゛ と思った。


社長に地球環境のことを話すことを決意した。


社長とは仕事以外でも合唱団のことで


お話をする機会が何度かあった。


合唱団がコンク-ルで連続一位をとっているのは


会社にとっても大きな話題であった。


このことでは社長もずいぶん喜ばれ


社長金賞を二度受賞した。


初めての講演。


゛ 非対立 非対立 ゛ と唱えながら社長室に入った。


「 きょうは何だね 」


「 地球環境のことで お話があります 」


・・・・ ②へと続く

. 転生と地球 63 ソビエトの崩壊

1991年 ソビエトは突然崩壊した。


ゴルバチョフ大統領の急ぎすぎた民主化による


軍や政治の混乱と経済崩壊によって。


ちょうど事故から10年目だった。


東西の力の対決 力のバランスで保たれていた


世界秩序は崩れ始める。


これから東西ドイツ 南北朝鮮 二つの中国の問題


アフリカ 東南アジアなど政治やイデオロギ-で


分けられた不自然な国境は崩壊する。


民族の異なる国は分裂する。


ソビエト連邦はバラバラに崩壊し


アメリカ合衆国もバラバラに崩壊する。


ショックだった。


やはり始まったのだ。


間違いではなかったのだ。


急がなくてはならない。


・・・・ 本格始動 へと続く

. 転生と地球 62 地球環境

* 地球環境の研究スタ-ト


これで社会復帰ができたので 地球環境について


研究をスタ-トした。


学会や研究会に参加 シンポジウム 委員会に出席した。


国際会議などにも出席 情報やデ-タを収集した。


オゾン層破壊 地球温暖化 森林破壊など環境破壊の


極めて深刻な実態が国連や政府などの公表デ-タ


としてはっきり示されている。


そしてそのどれ一つをとっても 世界の破局が


はっきり示されているのだ。


そしてこの世界の将来は人口爆発と貧困 食料不足


水不足 資源の枯渇 環境汚染と環境破壊


世界経済の崩壊 地球規模の生態系の崩壊 ・・・・


未来の記憶どおりだった。


デ-タは揃った。


地球環境の各項目について国連や各国の公式デ-タ


誰にでも分かるデ-タ ショッキングなデ-タが揃った。


・・・ ソビエトの崩壊 へと続く

. 転生と地球 61 邪魔していたのは自分

みんなはそれぞれ自分の音楽を持っている。


それぞれが最高のものを発揮しようとするのを


邪魔していたのは自分だったのだ。


指揮者があらかじめ決めた演奏をさせようなんて


なんて愚かなこと。


指揮者の理想の音楽は 目標ではなく出発点に過ぎないのだ。


それぞれが自由に演奏することで そしてお互いに聴き合う


ことで 最高の音楽を演奏することができる。


寝たきりのベッドでこのことに気づいた時 悲しくて


悔しくて 恥ずかしくて何度か泣いた。


私はワンマンだった。


何人かの人の心を傷つけたことがあるからだ。


そして本当の指揮者として目覚めたとき


二度と指揮台に上がれない・・・と


医者から宣告を受けたからだ。


幸運にも自分は今 指揮者としてカムバックできた。


コンク-ルに勝つための音楽ではなく 喜びの音楽を


幸せの音楽を自由なタクト{指揮棒}を振ることができるのだ。


指揮者を邪魔しないのが優秀な合唱団なのではなくて


合唱団を邪魔しないのが優秀な指揮者なのだ。


・・・ 地球環境 へと続く


. 転生と地球 60 幸せが一番大切

幸せならばみんな力を発揮する。


どうしてこんな簡単なことが分からなかったのだろう。


私は以前 「勝つためには苦しい練習をするのが当たり前


364日苦しんでも最後の一日で笑えばいいじゃないか」


と言っていた。 そして笑えなかった。


ところが今は 「練習は楽しくなきゃあ 364日楽しんで


最後の一日ぐらいどっちでもいいじゃないか」


と言うようになった。


そして実際には楽しい練習のほうが はるかに いい


音楽ができ 結果として年中楽しんでいるのだ。


・・・・・ つづく



. 転生と地球 59 コンク-ル

練習は見違えるように変わった。


笑い声の絶えない和気あいあいとしたものに変わった。


指揮者とメンバ-とピアニストが一つになった。


以前は 「 コンク-ルに勝つこと 」 が重大なこと


だったが 「 コンク-ルは素敵な演奏会 」


と思うようになった。


そして 翌年 コンク-ルで初めて


一位をとった。


みんな大いに感激した。


ちょうど合唱団設立10年目だった。


私自身の感激がひとしおだった。


涙が止まらなかった。


生まれ変わった自分の門出だった。


それ以来 ほぼ毎年優勝するようになった。


・・・ 幸せが一番大切 へと続く

. 転生と地球 58 合唱団 2

* 退院後 私の音楽観 指揮観が大きく変わった。


命令 説得 説明 強力な指導をやめた。


合唱団は指揮者の道具ではない。


コンク-ルに勝つことが目的ではない。


音楽はみんなが楽しむためのものである。


一人一人が力を発揮し 最高の音楽を


実現することこそ 指揮者の仕事なのだ。


まず相手を信頼し任せること。


人は信頼されると信頼に応えようとする。


「 ここはどう思いますか ?  任せますから


 最高の音楽を聞かせてください 」


そしてどんな意見にも耳を傾けること。


意見を尊重すること。


メンバ-の戸惑いが消えた時 ・・・・


合唱団は大きく変わった。


一人一人が自分の考えを持ち 自分の意見を述べ


自分の音楽を表現するようになった。


みんなの表情や姿勢が変わった。


アマチュアからプロに変わったのだ。


合唱団全体が生き生きとし 自分が音楽を


作るのだという自信を持つようになった。


音楽は劇的に変わった。


表情豊かになった。


そして迫力 凄みが出てきた。


・・・ コンク-ル へと続く


. 転生と地球 57 合唱団 1

私が常任指揮者を努めていたのは 日本一を


目標に作られた職場合唱団だった。


創立以来毎年コンク-ルに出場


最初の年6位 翌年5位 翌年4位 翌年3位


翌年2位と順調にランクを上げたが そのあと


頭打ちで どうしてもトップが取れなかった。


なぜ 勝てないのか。


なぜ 私の言うとおり歌わないのか。


どうすればいいのか。


苦しい時期が続いた。


そのさなかでの交通事故だった。


・・・・ 指揮者が変わればみんなが変わる


・・・ へと続く

. 転生と地球 56 あきらめず努力する

絶対ダメとか 絶対ムリというものはない。


あきらめてはいけない。


あきらめれば その通りの結果になる。


病気もガンも諦めてはいけない。


希望を持つことだ。


しかし 諦めてはいけないが


戦ってもいけない。


戦いは戦争であり双方傷つく。


仮に勝ったとしてもまた反撃されるだろう。


戦うのではなく 努力すること。


現実を受け入れ 「気づかせてくれてありがとう」


と感謝した上で 希望に向けて努力すること。


このことが最善の結果を実現するのだ。


・・・・合唱団 へと続く

. 転生と地球 55 すべて自分

* ゛天は自ら助くる者を助く ゛


{ 神はみんなを助けるのではなく

 

 努力する者だけを助けるという諺 }


その通りだと思う。


自分を生かすも殺すも自分なのだ。


悩みは自分で作り出しているのだ。


どうしようもない穴の中に自分を


閉じ込めているのは自分なのだ。


実際に私は窓ぎわだった。


しかし それでもなお ・・・


諦めるのかどうかは自分が決めるのだ。


最後の最後まで 努力を続けることにより


願いが実現する。


「 仕方がない 」 と思えば仕方なくなるのだ。


そして大切なのは 最後の結果ではなく


゛ 現在の生き方なのだ ゛


・・・・ あきらめず努力すること へと続く

. 転生と地球 54 窓際からの生還

このことによって私は窓際から復帰する

ことが出来たのだった。


今思い返しても この時期は最も危険な

時期だったと思う。


あらためて周りを見ると 職場には結核で

長期に休んだり神経症などで昇進から

はずれた人が何人もいる。


みんな世間でいう名門大学卒だが 社内の

激しい競争に敗れたと見なされている。


私のように交通事故で一年休職した者も

まず復帰は難しい。


本当に幸運だったと思う。


* 先日 こんな悲しい事件を知った。


「 クルマの中で夫婦が餓死。夫は元

 エリ-トサラリーマン 妻はピアノ教師。

 夫が事故に遭い後遺症のため会社を辞め

 生活に困り マンションを出て マイカ-の

 中で生活をしていたが 餓死しているのが

 発見された 」


これを知ったときショックを受けた。

とても他人ごとでないような気がした。


この夫婦がマンションを出るとき 最後に


弾いたのが ベ-ト-ベンの「 月光 」

だったそうだ。


この曲は私にとっても忘れがたい曲だった。


私の人生を大きく音楽のほうに動かした

記念の曲だった。


私はこの悲しい事件に 自分のもう一つの人生


もう一つの未来を見た思いがした。


まさに これは 私が何度も迷って


゛選ばなかった方の人生だったのだ。゛


・・・・ すべて自分 へと続く

. 転生と地球 53 特別プロジェクト

一度窓ぎわになった人間が一つの成功で

メデタシというほど会社は甘くない。


一本ヒットを打ったところでそれで運命が

変わるわけではない。


もちろんこれで細々と研究を続けることは出来る。


しかし それは自分として満足な生き方ではない。

将来も見えない。


このままではだめだと思い悩んでいた。

そんな時 幸運が舞い込んできた。


特別プロジェクトのサブリ-ダに任命されたのだ。


特別プロジェクトというのは会社の戦略上

非常に重要なプロジェクトのことで 会社から

優秀なメンバ-を集めて優先的に推進されるものである。


全社から集まった12名の優秀な技術者集団で

技術的にも日程的にも非常に困難なものだった。


開発目標は業務用パソコンで 100万個の

エレメント{要素} の一つにミスがあれば

それで失敗なのだ。


一人一人が高い技術レベルの仕事をするだけでは

不足で チ-ムとしての協力ができなければ

システム開発は失敗する。


つまり演奏者一人一人がいい演奏をするだけでは

音楽にならないのと同じ。


その頃 私は指揮者としてオ-ケストラと合唱団の

一人一人が最高の演奏をするとともに 全体として

最高の音楽を実現することに取り組んでいた。


この 『オ-ケストラ指揮法』 が仕事でも大いに役立った。


技術的にも日程的にも困難な目標であったが

非常にいいチ-ムワ-クで開発が進み

目標より早く完成し

この特別プロジェクトは成功した。


この成果で社長賞を受賞 さらに


共同開発の相手会社からも社長賞を受賞した。


・・・・ 窓際からの生還 へと続く


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Author:z64150528
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